フィリピン人医師、Dr.エンジの親友が癌で、彼女の患者でした。Dr.エンジは、親友を通して癌の苦しみを痛感させられた。それと共に この親友からの望みで、貧しい人たちは、満足に治療を受けられないので財団を設立してこの問題を解決してほしいと言う願いをエンジに託しました。Dr.エンジは、このことが1つの動機づけとなり、クラウン・ピーク財団を設立しました−
−1998年7月頃、現在のSBMC(当時スービックレジェンダメデカルセンター)がナチュラルヒーリング(自然治療)の分野を開拓するという経営方針を打ち出しました。DR. エンジは、当時からMCに勤務しており、優秀なナチュラルヒーリングのドクターを探していました。その頃.Dr.ディソンは、マニラでナチュラルヒーリングの第一人者として活躍しており、 Dr.エンジが彼のことを知り、SBMCに1998年8月に招き、二人の出会いがスタートし、その後,創設者のDr.エンジからDr.ディソンにバトンタッチされていきました。 |